ママン、呼吸困難の巻

カテゴリー: 日記

朝7時過ぎ、家電が鳴る。母の入院先の精神病院からだった。
『低酸素状態が続いているので、どうしますか?
このまま、この病院でできるだけの治療をするか、それとも、ちゃんと
処置できる病院へ転院しますか?』
と、急に聞かれ、医者じゃないので判断できないから、とりあえず医
師の見解が知りたい。と、答えたら、ちょうど内科の先生の受診日と
のこと、後程連絡します。と、いわれた。そりゃそうだろ。
これから病院に駆けつけてみても、どうしたらいいか分からんし。
と、いう訳で、とにかく出社。。車の中で流れる涙が、会社に着くまで
に止まりますように。と願う。(泣き出すとなかなか止まらない)

上司に状況連絡。帰ってよい。と、いわれたが、このまま明日以降も
出社できないかもしれないので、最低限の仕事を午前中に集中させ、
病院からの連絡、『○○病院の救急外来へ転送します』――キタ。
13年前彼女がクモ膜下出血で入院したとこだ。あの時も、真夜中に
パジャマ姿のわたしが一人で付き添って救急車に乗ったんだっけ。。
また、助けてくれる人はいない。よし、腹は括った。

緊急救命センターではひたすら待つことが多かった。その間、呼吸を
確保するための処置中に、一時的な狭心症を起こして血圧急低下で
死の危機に瀕するが、結構なおばあちゃん(67歳)の割に持ち直す。
肺気腫絡みの肺炎で、この病院に2~3週間入院することになった。


既往症;高血圧、肺気腫、喘息、アレルギー症(卵・甲殻類・花粉)、
統合失調症、に加え、今回のCTで脳腫瘍もあった。(*弟に聞いたら、
実は13年前からあるらしい。ちなみに良性)
心電図も時々異常(しかし重篤ではない)で、足腰もヨボヨボ。もう死
んでもおかしくないんじゃあ?って状態だ。
人工呼吸器の管入れるときの薬で眠ってるから、入院に必要なもの
リストを受け取り、売店で買えるものはそろえ、圭子バッグ(ママンに
関するもの、一揃え)に常備しているペンで名前を書きだす。

循環器、呼吸器の医師たちと次々面談。担当医師からのインフォー
ムドコンセント。…だから分からんて。
どんな治療が必要で、幾ら掛かるかだけ教えてくれ。

「ご親戚とかご近所の方が来ると思うんですけどー」
「来ません」キッパリ。連絡先もわたしだけです。と、いうと、失礼です
が、家庭事情教えろ。と、キタ。ハハ、長くなるよ??

そんなカンジで、次は入院手続き。さすが自分。コナレテル〜。
6時過ぎ。絶対残業しているだろう課員に連絡。心配されるのがうっ
とおしくもあり、有り難くもある。
自分の生活もあるので、明日は定時まで仕事をして、元の入院先で
薬をもらって、判子をもって今の病院へ〜。

……いい加減、疲れた。。コタツで飯食って寝ちまった。。
木曜のジャズダンスいけないかも。。(行こうとしてるしw)

そんな怒涛の中、呑み仲間のミナちゃんから電話。
……事情を話したのに、
『8日の夜、男を紹介してもらうことになったから、一緒に来て』
と、頼まれる。。
どんな友情だ。
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