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わたしの住むド田舎の地方は、公共交通機関がまったく発達せず、
生まれたときにはすっかり車社会だったんだけれども……。
できれば、運転したくないし乗りたくない。
理由は簡単。
大気汚染、車酔い、なんてのもあるけど一番は、事故りたくないから。
っていうか、動物を轢くのがヤだからなんだ……。
−以後、グロ含みます−
生まれたときにはすっかり車社会だったんだけれども……。
できれば、運転したくないし乗りたくない。
理由は簡単。
大気汚染、車酔い、なんてのもあるけど一番は、事故りたくないから。
っていうか、動物を轢くのがヤだからなんだ……。
−以後、グロ含みます−
きのう、会社帰り、前の車が急に左にハンドルを切った。
なにか避けたようだ。
イヤ予感がして、近眼で乱視でついでに鳥目のわたしも倣った。
――一瞬目の端に写ったのは、道路の真ん中で暴れる猫。
あきらかに、様子がおかしい。
路上でブレイクダンスを踊っているようだった。
それは、カラダの一部を車に轢かれてのたうち回る姿だったのだ。
じぶんが避けて通り過ぎたあと、わたしは車を停めて戻って、その
猫を道の端に寄せることはしなかった。
……いや、できなかったのだ。
わたしは弱い。じぶんがかわいいだけの、矮小な存在だ。
猫を愛している。心から。
それでも、けっして助かることのない、重傷で死期が間近であろう
その猫に、一瞬の慈愛もかけることができないほど小心者だ。
とても精神が、その惨事に対峙するのにもたない。
次の信号は赤。カーブを曲がって現れた後続車は、大型トラック。
…………………わたしは心の中で、自分に唾を吐いた。
暖房を消し、カーステも止めた。
泣くのは、やめようと思った。
ただ、自分を憐れんでいるだけではないか。
さも、優しい人間であるかのように……。
それでも、猫に対してだけは思い入れの強いわたしの頬に、自己
憐憫だか満足だかの涙が静かに、幾筋も伝った。
――わたしは曲がってるのかヒネているのか、人間が車に轢かれ
るほうが、因果応報――で、仕方がないと思ってるふしがある。
(*あくまで、動物と比べた場合ね。)
自動機車両がもたらす恩恵を享受しているのだし、みずからの文
明でその民族が滅びる。と、いうのは、歴史的にもままある。
だけど、動物はかわいそうとしかいえない……。
野良が増えても、保健所いきなんだろうけど、それでも無残に命を
絶たれる(意識的な加害でなくとも)のは、本当に人間のエゴにまき
こまれているだけであって、申し訳ないという気持ちに苛まれる。
かくいう自分も日常的な運転手なのだけれども。
トラウマは、さらに深く。
わたしは、この世で最も愛し、慈しみ、感謝すべき存在の、実家の
猫を殺してしまったことがある。
陽が落ちた庭で、
バックギアに入れ、
疑いもせずに、
アクセルペダルを、、
わたしを慕って懐いていた子猫が、苦しみで狂ったように転げまわ
る姿に、車から降りて初めて気付いて身じろぎもできず……、いや、
驚愕の悲鳴を漏らしながら、母と見つめていた、数秒か数分か……
永遠のとき……。
それは、この世で起きた、地獄の出来事だった。
わたしが車を動かそうと外に出たあと、なぜか玄関を開け放ち、い
つもは家からでてこないその猫を外に出し、それを見ながらわたしに
大声で知らせることもしなかった母をなじった。
誰かのせいにしなければ、とても耐えられそうになかった。
わたしはそのとき、狂っていた。
金曜の夜。
母は、次の朝、明るくなったら猫を埋葬するといった。
わたしは、土日、吐いた。泣いた。嗚咽した。
すべてを母のせいにしようとしても、運転席にいたのはわたし。
何も、悔悟の念を薄めてくれるものなどなかった。
じぶんがしたことは、したことなのだ。
あの悪魔のような母がわざとしたんじゃないか?と、疑り、憎悪した。
わたしが幼稚園の頃、うちに子猫が生まれると「育てきれないから」
といって、半俵の米袋に入れて、わたしが逃がすことができないよう、
二層式洗濯機の脱水層に入れてフタを閉じ、漬物石を乗せていた母。
そのときのわたしにとっては、まだ40代で壮年期の母はえらく強気
で、因業でいじわるで、本当に怖ろしい存在だった。
それでも、わたしはすべてを賭して子猫を放った。
何度も、何度も。母に殴られても、罵られても。
だって、幼い頃から孤独で、幼稚園にも通わせてもらえなかったわ
たしの友達は、うちの猫たちだけだったから。
わたしの、唯一の家族は猫だけだから。
そう……おかしいと思われるかもしれないほど、わたしの猫への愛
情は深い。それは傾けるべき人がいなかったからなのかもしれない。
そんなバックボーンがあって、じぶんで手を下した罪は、とても許す
ことなどできないものだった……。
3晩泣き暮らし、3日目、何かを口にして、驚いた。
味がまったくしなかったのだ。
――ひとは、心を病むとここまでカラダに作用するのか。と、驚いた。
週末が明け、会社にでても、わたしの様子が違うことに同僚が気付
くほどだった。
――わたしは、轢き殺された猫よりも、傷付いているじぶんを慰めて
かわいそうがってほしいのか――。と、またじぶんにウンザリした。
あれから、3年ほど経ち。わたしは笑ってるし、愉しいこともする。
でもけっして忘れることはなくて、あの子猫への懺悔はわたしが生
きている限りつづく。
……道路の代わりに、車両専用のチューブの中を通るような未来
……いつか交通事故がなくなる社会を、わたしは待ちわびている。
Thu 2006 | trackback(0) |
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